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深掘り解説:内受容感覚(1) - 測定法と神経基盤 2025-10-03

論文解説認知科学脳科学内受容感覚神経科学

緒言

内受容感覚(Interoception)を科学的に探求する上で、その第一歩は「感覚の鋭敏さ」を客観的に測定する手法を確立することである。本稿では、内受容感覚研究で広く用いられる主要な測定法を概説するとともに、その感覚処理を担う中核的な神経基盤、特に島皮質(Insula)と前帯状皮質(Anterior Cingulate Cortex; ACC)が形成する脳内ネットワークの機能について、近年の知見に基づき詳細に解説する。

内受容感覚の測定法

内受容感覚の個人差を評価するため、主に「意識的な気づき」を問う行動指標と、「無意識的な脳の応答」を捉える神経生理指標が用いられる。

1. 心拍知覚課題 (Heartbeat Perception Task)

Schandry (1981) によって提案された古典的な手法であり、内受容感覚の「精度(accuracy)」、すなわち意識的な気づきの正確さを測定する。一般的に、被験者は安静状態で座り、外部からのフィードバックなしに、特定の時間内に自身の心拍を数えるよう求められる。記録された実際の心拍数と、被験者が報告した心拍数を比較し、その一致度をスコア化する。この課題は簡便である一方、心拍数の推定、時間感覚、課題への集中力といった、内受容感覚以外の認知要因の影響を受ける可能性が限界として指摘されている。

2. 心拍誘発電位 (Heartbeat-Evoked Potential, HEP)

心臓のR波(心電図における特徴的なピーク)をトリガーとして、脳波(EEG)を加算平均することで得られる、心拍に時間同期した脳活動の電位である。HEPは、被験者が自身の心拍に注意を向けていない状態でも測定可能であり、身体からの求心性信号に対する脳の無意識的かつ自動的な応答感度を反映する客観的な神経生理指標として、近年特に注目されている。HEPの振幅、特に300-600ms付近に出現する後期成分の大きさは、内受容感覚の個人差と関連することが多くの研究で示されている。ただし、その測定法や解析プロトコルはまだ完全に標準化されておらず、結果の解釈には慎重さが求められる側面もある。

内受容感覚の神経基盤

fMRIや脳波を用いた数多くの研究から、内受容感覚の処理には、特定の脳領域がネットワークとして機能していることが明らかになっている。その中でも特に重要なのが、島皮質前帯状皮質である。

1. 島皮質 (Insular Cortex): 身体状態の一次表現

島皮質、特にその前部に位置する**前部島皮質(Anterior Insular Cortex; aIC)は、内受容感覚処理のハブとして中心的な役割を担う。身体各部からの求心性信号(心拍、呼吸、温度、痛みなど)は、脳幹、視床を経由して島皮質へと入力される。島皮質は、これらの情報を統合し、身体内部状態の高解像度なマップ(一次表現)**を生成する場所と考えられている。特に、右前部島皮質の活動は、心拍知覚課題の成績、すなわち内受容感覚の精度と正の相関を示すことが繰り返し報告されており、客観的な身体状態のモニタリングに重要であることが示唆される。

2. 前帯状皮質 (Anterior Cingulate Cortex; ACC): 情動的意味付けと行動への動機付け

島皮質が身体状態の「何(What)」を表現するとすれば、ACCはその状態が持つ**「意味(Meaning)」**、すなわち顕著性(Salience)を評価し、情動的な意味付けを行う領域である。ACCは、島皮質から身体状態の情報を受け取ると、それが現在の文脈において行動を起こす価値があるか(例:この胸のドキドキは、危険のサインか、それとも恋の始まりか?)を判断する。そして、その評価に基づいて、注意を特定の対象に向けたり、情動反応を生成したり、適切な行動を開始したりといった、トップダウンの制御信号を出力する。このため、ACCは「辺縁系の運動野(Limbic Motor Area)」とも呼ばれる。

3. サリエンスネットワーク (Salience Network)

前部島皮質と背側前帯状皮質(dorsal ACC)は、機能的に強く結合し、サリエンスネットワークと呼ばれる大規模脳内ネットワークを形成している。このネットワークは、内外の環境における顕著な(salient)出来事を検出し、注意や実行機能に関わる他の脳領域(実行制御ネットワーク)へと情報を受け渡すことで、認知資源の最適な配分を制御する。内受容感覚とは、このサリエンスネットワークが、身体内部からの信号を顕著な情報として検出し、処理するプロセスであると捉えることができる。

結論

内受容感覚の研究は、HEPのような客観的な神経生理指標と、fMRIのような脳機能イメージング技術の発展により、その神経メカニズムの解明が飛躍的に進んだ。特に、島皮質と前帯状皮質からなるサリエンスネットワークが、身体からの信号を受容・表現し、それに情動的な意味を与え、私たちの意識や行動を形作っていく上で中心的な役割を担っていることが明らかになりつつある。次稿では、この神経基盤の上で、脳がどのようにして身体状態を「予測」し、意思決定を行っているのか、その計算論的モデルについて掘り下げる。


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主な引用文献

  • Critchley, H. D., Wiens, S., Rotshtein, P., Öhman, A., & Dolan, R. J. (2004). Neural systems supporting interoceptive awareness. Nature Neuroscience, 7(2), 189-195.
  • Craig, A. D. (2009). How do you feel—now? The anterior insula and human awareness. Nature Reviews Neuroscience, 10(1), 59-70.
  • Seeley, W. W., Menon, V., Schatzberg, A. F., Keller, J., Glover, G. H., Kenna, H., ... & Greicius, M. D. (2007). Dissociable intrinsic connectivity networks for salience processing and executive control. Journal of Neuroscience, 27(9), 2349-2356.
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